コラム

黒字でも廃業⁉塗装工事業界に迫るM&A・事業承継の選択とは

近年、塗装業界は厳しい事業環境に直面しています。資材価格の高騰や人手不足、価格競争の激化などが重なり、経営環境は悪化しています。実際、塗装工事業の倒産件数は2025年度に143件と、過去20年で最多水準に達しました。こうした状況の背景に加え、2026年はナフサ価格の上昇に伴う塗料・シンナーの値上げなどが影響し、さらに倒産件数が蔵すると指摘されています。

一見すると遠い国の情勢に思える問題が、なぜ日本の塗装工事業に深刻な影響を及ぼすのか。原材料価格の変動だけでなく、物流費の上昇、人手不足、そして元請・下請構造のひずみなど、さまざまな要因が複雑に絡み合い、現場の経営を圧迫しています。

しかし、これは単なる一過性の不況ではない可能性があります。むしろ今、塗装業界は「構造的な転換期」に差しかかっているのではないでしょうか。従来のやり方を続けるだけでは立ち行かなくなる一方で、新たな選択肢や戦略を見出せるかどうかが、今後の明暗を分ける時代に入っています。

本コラムでは、現場で日々奮闘されている経営者の皆様に向けて、今回の廃業増加の背景にある本質的な問題を紐解きながら、「いま業界で何が起きているのか」、そして「これからどう向き合うべきか」を多角的に考察していきます。
この先を読み進めることで、表面的なニュースでは見えてこない“現場のリアル”と、これからの経営に活かせるヒントとなれば幸いです。

塗装工事業界の現状と課題

黒字廃業の実態とは

一般的に廃業というと、業績不振や赤字経営の末にやむなく会社を閉じるケースを思い浮かべるかもしれません。しかし建設業界では、利益が出ているにもかかわらず、あえて事業の継続を断念する「黒字廃業」を選択する企業が増えているのです。
この背景には、複数の構造的な課題が重なっており、一つを解決出来たら解消する課題ではありません。一つずつ説明していきます。

一つは、塗装業界では従業員の確保が課題であり、慢性的な人手不足が顕在化しています。現場作業員の高齢化が進み、若年層が建設業界全体へ就職しづらい状況も影響しています。また、事業承継における後継者問題も深刻で、経営者自身が高齢であっても後を継ぐ人材が見つからず、廃業を余儀なくされる中小企業が増えています。これらの問題は業界全体の競争力低下を招いています。

経営者の高齢化と後継者不在の問題も挙げられます。長年にわたり現場と経営の両方を支えてきた経営者が引退期を迎える一方で、そのバトンを引き継ぐ人材が社内外にいない。採用市場の厳しさもあり、「育てて継がせる」という選択肢も現実的ではなくなっています。

地域密着型の事業が直面する壁

他にも、塗装工事業界には地域密着型の企業が多く存在します。地元顧客との信頼関係を強みとする一方で、その分、経済環境や人口動態の変化に大きな影響を受けやすい点が壁となっています。後継者がいない場合は、企業活動の継続が難しく、地域の景観や住宅リフォーム需要に貢献してきた事業が廃業に追い込まれることも少なくありません。

競争激化と中小企業の存続危機

塗装工事市場では競争激化が進んでおり、大手企業と中小企業の格差が拡大しています。豊富な資本力や技術力を持つ大手企業に対して、中小企業は価格競争や受注機会の減少といった問題に直面しています。また、デジタル化などの新しい技術への対応が進んでいない中小の塗装業者も多く、経営の効率化や収益拡大の道を模索する必要に迫られています。

しかし、理由はそれだけではありません。
むしろ近年は、「続けようと思えば続けられるが、あえてやめる」という判断が増えている点に注目する必要があります。

資材価格の変動、利益率の圧迫、人手不足による現場負担の増加——。こうした状況の中で、これまでと同じやり方で経営を続けることに対するリスクや精神的負荷が、年々高まっています。その結果、「黒字ではあるが、この先の不確実性を考えると、ここで区切りをつけるべきではないか」という判断に至る経営者が増えているようです。

そのため、本来であれば長年培ってきた技術力や顧客基盤は、次の世代へと引き継がれるべき貴重な資産です。しかし現実には、それらが活かされることなく市場から消えていくケースも少なくありません。

この黒字廃業は、単に一企業の問題にとどまらず、地域における施工体制の弱体化や雇用の喪失といった、社会的な影響にもつながります。そして何より、「なぜ利益が出ている会社でさえ事業を手放すのか」という問いは、今の業界が抱える構造的な問題を端的に示していると言えるでしょう。

こうした現象を、「やむを得ない個別事情」として片づけてしまうのか。それとも、「業界全体の転換シグナル」として捉えるのか。
その認識の違いが、今後の経営判断に大きな差を生むことになります。



事業継続を阻む財務リスク

中小規模の塗装会社の多くは、大企業と比較して財務基盤が強固とは言えず、もともと外部環境の変化に影響を受けやすい構造にあります。そして近年、そのリスクはこれまでにない形で顕在化しています。

その大きな引き金となっているのが、エネルギー・原材料市場の不安定化です。中東地域の緊張はナフサ価格へと波及し、結果として塗料の主要原料コストを押し上げています。塗装業界にとって不可欠な資材である塗料やシンナー、副資材の価格は、従来のように安定的に推移するものではなくなり、短期間で大きく変動する状況が続いています。

しかし現場では、この原価上昇を受注価格へ十分に転嫁できないケースが大半です。元請主導の価格構造の中で、コスト上昇分を吸収せざるを得ず、結果として利益率は継続的に圧迫されています。こうした状況は、これまで堅実に黒字経営を維持してきた企業であっても例外ではなく、わずかな市況変化によって一気に収益バランスが崩れるリスクをはらんでいます。

さらに、エネルギー価格の上昇は物流費にも波及しています。資材の運搬コスト増加に加え、現場移動にかかる燃料費の増加も重なり、間接コストは確実に上昇しています。同時に、人手不足の深刻化による人件費・外注費の上昇も避けられず、固定費全体が押し上げられているのが現状です。

加えて、工期の長期化や支払いサイトの影響により、資金回収までの期間が延び、運転資金の負担も増大しています。利益が出ていてもキャッシュが不足する、いわゆる「黒字倒産リスク」に近い状態に陥る企業も見られるようになりました。

そして見落としてはならないのが、「出口」に伴う財務リスクです。仮に廃業を選択した場合でも、設備処分費用、在庫整理、従業員対応、債務返済など、多額のコストが発生します。場合によっては、経営者個人の保証が残り、私財への影響が及ぶケースもあります。「続けるのもリスク、やめるのも負担」という、厳しい選択を迫られる状況にあると言えるでしょう。

こうした中で近年、第三者への事業承継、すなわちM&Aを選択する企業が徐々に増えています。廃業とは異なり、事業や雇用、取引関係を維持しながら、経営者自身の財務リスクを抑える手段として活用できるからです。

一方で、塗装業界特有の課題として、「自社の価値がどの程度評価されるのか分からない」「どのような相手に託すべきか判断できない」といった不安も根強く、具体的な検討に踏み出せない経営者が多いのも事実です。

こうした不透明さが、結果として「まだ決めきれない」「もう少し様子を見よう」という意思決定の先送りにつながってしまいます。しかし裏を返せば、現時点で最も重要なのは“いきなり売却を決断すること”ではなく、「自社がどのような評価を受けるのかを客観的に知ること」にあります。

その第一歩として有効なのが、M&Aの簡易査定です。簡易査定では、財務状況や事業内容、取引関係などをもとに、現時点での企業価値の目安や市場での位置づけを把握することができます。これにより、自社の強みや評価されるポイント、あるいは改善の余地が見えるようになり、将来の選択肢をより具体的に検討できるようになります。

また、査定を行ったからといって必ずしも売却に進む必要はありません。むしろ多くの企業が、「まだ売らないが、選択肢として理解しておく」という目的で活用しています。情報を持っているかどうかが、将来の意思決定の質を大きく左右するためです。
不確実性の高い時代だからこそ、「何も決めないこと」ではなく、「選べる状態をつくっておくこと」が、これからの経営において重要になります。その意味で、簡易査定は極めて現実的かつ負担の少ない一歩と言えるでしょう。

まずは、自社の現在地を客観的に把握することから始めてみてください。
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廃業とM&Aの比較:それぞれの選択肢を考える

黒字廃業が増えているという現実は、多くの経営者にとって他人事ではありません。
しかし視点を変えれば、「黒字である」という事実は、必ずしも“やめる理由”ではなく、“選択肢を広げる材料”にもなり得ます。特にM&Aの観点では、黒字企業こそが評価されやすく、買い手が見つかりやすいという側面があります。
ここでは、廃業とM&Aという2つの選択肢について、それぞれのメリット・デメリットを整理してみます。

廃業を選ぶ場合のメリットとデメリット

塗装業界を含む中小企業における廃業は、経営者が事業を終えるための手段の一つです。廃業を選ぶメリットとして、事業を終えることで経営者が精神的な負担から解放される点が挙げられます。特に後継者が見つからない場合、事業リスクをこれ以上抱えることを避けることが可能です。

【メリット】
  • 経営責任から完全に解放される
  • 将来の不確実性や経営リスクから距離を置ける
  • 意思決定が比較的シンプル(第三者との調整が不要)

一方、デメリットとしては、廃業に伴うコストが大きい点が挙げられます。事業清算には従業員の退職手当、設備や在庫の処分費用、税負担などが発生するため、財務負担が増加することがあります。また、地域社会に密着した塗装工事業の場合、廃業による地域への影響が懸念されます。常連客の減少や雇用喪失が、地域経済に悪影響を及ぼす可能性があります。

【デメリット】
  • 清算コストが発生する(設備処分、原状回復、在庫整理など)
  • 借入や保証が残る場合、経営者個人の負担に繋がる
  • 従業員の雇用が失われる
  • 長年築いた顧客・技術・信用が市場から消え

廃業にかかるコストと手続きの課題

廃業には様々なコストが伴います。従業員の解雇に伴う退職金の支払いや、所有資産の処分、債務の清算が必要です。さらに、手続きとして、税務署や自治体への届出や、法人解散の手続きを進める必要があり、その複雑さが課題となります。これらの手続きに関する知識や準備不足が、廃業プロセスを一層困難なものにする場合もあります。

また、事業の清算が間に合わないと、財務上のリスクや負の影響が地域全体に及ぶ可能性も考えられます。このような側面からも、廃業を選ぶ場合には十分な計画と資金が必要となるのです。

特に黒字であるほど本来は価値があるにもかかわらず、それを回収できないというのが廃業の大きな機会損失だといえます。

M&Aを活用する際のメリットと成功事例

事業承継における選択肢の一つとして、M&Aがあります。M&Aのメリットには、従業員の雇用が守られやすいことや、企業価値を正当に評価してもらえる可能性がある点が挙げられます。また、譲渡先が事業を継続することで、取引先や顧客への影響を最小限に抑えることができます。

【メリット】
  • 会社の価値を“対価”として受け取れる(売却益の確保)
  • 従業員の雇用を維持できる可能性が高い
  • 取引先や顧客との関係を継続できる
  • 自社単独では難しい成長機会を得られる(グループ化によるシナジー)
  • 経営者は引退または役割変更など柔軟な選択が可能

特に黒字の場合、利益が出ている、取引基盤が安定している、リスクが低いといった点が評価され、買い手にとって魅力的な「優良案件」として見られる傾向があります。
つまり、黒字である今こそが“最も売りやすいタイミング”とも言えるのです。

【デメリット】
  • 相手先の選定に時間と労力がかかる
  • 希望通りの条件で必ず成立するとは限らない
  • 情報開示や交渉など、一定のプロセスを踏む必要がある
  • 経営の独立性が変わる可能性がある

どちらを選ぶべきかではなく、「どちらも選べる状態」にすること

重要なのは、「廃業かM&Aかのどちらが正しいか」という単純な二択ではありません。
むしろ本質は、「自分の会社にどの程度の価値があり、どのような選択肢が現実的に取り得るのか」を把握したうえで判断することにあります。
特に現在のように黒字廃業が増えている環境では、本来評価されるはずの企業が、適切な選択肢を知らないまま市場から退場してしまっているケースも少なくありません。
裏を返せば、「黒字である今」「まだ体力があるうちに」選択肢を把握しておくことが、経営者としての重要な意思決定になります。

これからの時代、廃業は決して珍しい選択ではありません。しかし同時に、「売れる状態にある会社をどう活かすか」という視点も、これまで以上に重要になっています。自社の未来を“閉じる”のか、“繋ぐ”のか。その分岐点は、想像以上に近いところに来ているのかもしれません。



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ライター紹介
三樹 貴成
三樹 貴成
ブティックス株式会社 M&A事業 事業部長代行
入社1年で10件の成約を達成し、2023年にはグループ長、2024年には部長へ昇格。
新領域のM&Aチームをマネジメントし、2026年事業部長代行に就任。現在も多くのM&A成約に関与。